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形質人類学から見た日本の東と西

弾左衛門の謎.jpg
塩見鮮一郎『弾左衛門の謎』河出文庫


白山神社と別所の話、だんだん迷路に入り込んできた感じです。
迷いついでにもういっちょ。

これは上の文庫でも紹介されていますが、昭和38年に発表された「形質人類学から見た日本の東と西」という論文があります。人類学者小浜基次の緻密な調査に基づく論文。掲載されたのは、雑誌『国文学 解釈と鑑賞』の特集「日本の東と西」の中でした。

余談ですが、この雑誌、2011年に休刊となりました。日本文学科出身の私としては、2009年に休刊となった『國文學』と共に、親しみのある雑誌でした。コクブンガク、危うし。
ナショナリズムはむしろ時代の趨勢ですが、コクブンガクは衰退の一途。どうしてでしょうね。どうでもいいですけど。どうでもいいような論文をシコシコ書いて、女学生相手にえばって、お金ももらえて。なんて時代は終わりました。ゴクローサン。
ただ、昭和38年のこの特集はすごい。学問が生きていた時代なんでしょうか。よくぞ国文学の専門研究誌でここまでやれたものです。この精神が続いていたら……。

さて。形質人類学という分野があるんですね。あったということになるのか。今は遺伝子を分析するから、こういう人類学の手法は古いんでしょうが、当時は最先端だったのでしょう。
この論文では、アタマの形を調査しています。「日本の東と西」がテーマなので、東西各地で調査をしたらしいのですが、興味深いのは、各地の被差別部落も調査したのです。

下の写真は雑誌に掲載されたものですが、右が朝鮮人児童のもので《短頭型》。左がアイヌ児童のもので《長頭型》。上から見ると、短く見えたり長く見えたりするのでこのネーミングです。
調査では、西日本は朝鮮人児童の《短頭型》と同じ形質が多く、東日本はアイヌ児童の《長頭型》が多く見られた。そこまでは、まあそうだろうという結果です。弥生系、縄文系としてもはや一般化している話ですね。
ところが。被差別部落では《長頭型》が多く見られた。しかも、西日本の部落においても変わらなかった、というのです。この調査報告の意味するところは?

塩見鮮一郎の『弾左衛門の謎』の一節「別所とエタ系部落」から引用します。

「部落民は、朝鮮半島からきた人たちではなく、東北地方や日本海側の人たちと同じ形質をしている、ということだ。~中略~この調査の結果どおりならば、部落の起源は、移配されたエミシということになる」

この調査報告以外にないので、なんとも言えませんが、興味をそそる内容ですね。

続く

国文学.JPG
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